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ワークライフバランスって

ワークライフバランスって本当はどんなものだろう。

円グラフ

ワークと言える仕事がない主婦でも、もちろん兼業主婦でも、働く独身者でも、一日24時間をどう使うか、常に悩み続ける課題だろう。そして、短期的なのか長期的なのかというスパン、年代、突発的な事情でもどんどん変わってくる。自分自身の生活の内訳も年齢と共に随分変わってきた。個人の指向や、目標や、状況によって違うことは言うまでもなく。

でも、ちょっと状況が似ているな、今アラサーやアラフォーで、どんなふうな将来を過ごしたいかな、と考えている人の1つの参考になれば、と50代を迎えた今のワークライフバランスについて書いてみる。

家族のこと

今も売れ続けているアランの「幸福論」。

ルーアンの新聞に「日曜語録」として連載されたのを皮切りに,総計5000に上るアランのプロポ(哲学断章).「哲学を文学に,文学を哲学に」変えようとするこの独特の文章は,「フランス散文の傑作」と評価されている.幸福に関する93のプロポを収めた本書は,日本でも早くから親しまれてきたもの.折にふれゆっくりと味わいたい.

この中の刺さる言葉。

「欲しいものが手に入らない原因は、ほんとうには望まなかったせいであることが多い」。

人と比べて、「子供と買い物って楽しそうだな」、「バリバリ社会の一線で仕事してるって格好いいな」、「続けてきた趣味でひとかどの先生になるって理想的だな」、「孫の相手って最高の喜びだろうな」などと、何かの瞬間に思う。他人と比較することは意味がなく、馬鹿馬鹿しいことは今さら言うまでもないのは皆ご承知のとおり。

でも、今持っていないものは、結局自分が心から欲していなかった、どうしても手に入れたかったものではないのかも、とアランが言うように思う。望んでも望んでも、一杯努力しても、相手や運や状況が関係することで、手に入らないこともある。ただ、やっぱりそれは自分の心がそこまで強く願っていたことではなかったのかもしれない。

その逆で、今「持っていること(もの)」は、ここに至るまで捨てずにおいた、本当に欲しかったものだったことが分かる。今の商売は、不安定で、地味で、ある意味大変な仕事だけど、本を読んで、ものを書くという、子供の頃から好きだった作業。そして何よりも、依存することができない代わりに、基本的には、好きな服を着て、好きに時間を使える「自由」が許されている。「フリーランスは不自由業」とよく言われるが、個人的にはあんまりそうは思わない。本当に不自由だと思うなら、一応安定した会社員に戻るもの。

さらに、お金のことを全く度外視してよければ、その「自由」よりも、もっと心から欲しているのは「家庭」だったと今は思う(結果的にとってもミニマムな家庭となった)。「一体、自分は何を欲しているのか」を主観的に選択や確定することはものすごく難しいけれど、一方で「今、自分の手の中にあるものはなにか」を客観的に見てみるとヒントになるだろう。欲しいものが手に入らない原因は、才能がないとか、お金がないとか、じゃなくて、しゃにむに欲していなかったのだと分かる。それが常識的には「正しい」道じゃなかったこともままあるのが残念だけど。悪い男に騙されるのは、可哀想な面もあれ、悪い男を欲しているんだよね。

一生の仕事がしたい、といって大学に入った後、本当にやりたかったことは違う、と専門学校に入り直して、今、3人目の子供がお腹にいる専業主婦の姪っ子。「大家族のオカン」になりたいというのが、真の望みだったんだね、やっぱり。

「○○になりたい」と「ほんとうに心から」「情熱」をもって望んでいたら、大スターになりたいとかいう一握りの人に許された大きすぎる目標でなければ、大抵叶うような気がする。産業翻訳者なんていわんやおや(笑)。

身体のこと

ワークライフバランスをがらっと変えたいといくら思ったとしても、悲しいかな、大きく影響するのが健康。

体育会系で、スポーツジム通いも長い私だけれど、実はあまり体力がない。瞬発力だけで生きている。

  1. 睡眠時間7時間以上
  2. 仕事時間最大8時間

は基本的に守っている。これを守らずにストレスをかけると、歯茎が腫れたり、膀胱炎になったり、という微妙な不調に見舞われる。超低血圧/低体温で偏頭痛持ちでもある。逆流性食道炎の診断も受けている。夏にも弱いので、この時期、日中は屋外には出ないようにしている、意外と弱い。

それでも30代までは元気いっぱいで、海外旅行あけ出勤も平気でこなしていた。ところが40代に入って、ちょうど会社も立ち上げたというのに、原因不明の体調不調に襲われて、救急車で運ばれたこともあった。ドクターショッピングを繰り返し、1年近くは電車も各停しか乗れなくなり、随分苦しんだ。在宅の仕事だったことが運が良かったのか、何とか自宅では仕事ができたので、休み休み、模索しつつ、何年もかかってほぼ回復した。まあ言ってしまえば、どうせホルモンか何かのせいだろう。ついでにメンタルもそんなに強くないので悪化させたと思う。

きっと誰もが多かれ少なかれ通る道だろうが、自分の気力体力共に低下したことにがく然とした。でも、ごう慢で、自己中心的だった自分にも気づくことができた。身体や心が弱い人の気持ちが分かったし、そのために起こる約束のドタキャンにも理由があるんだなと広い気持ちが持てるようになった。できることと、できないこととが、ある程度まで冷静に分別がつくようになってきた。

50代に入った今は、不調なのか、年齢的にはこんなものなのか、よく分からなくなっており、前向きに諦めの境地である。

子供の頃から健康体だし、スポーツやってるし、という女性でも、40代は鬼門で、廻りではけっこう様々な不調を聞かされる。ジム友などは、同世代と比べて異常に体力がある人たちだけど、それでも疲れやすくなったり、膝や腰を痛めたりする人も多い。運動習慣のない一般中年女性は、がくんと筋力/持久力が落ちているはずだ。無理が利くのは、女性の場合、40代はぎりぎりの世代だろう。

暗いことばかり書いたが、元気いっぱいな人だってたくさん。それに、子供の手も離れてきて、仕事や勉強に投入できる時間がやっと生まれてきたという人も。ただ、ホルモン値は下降の一途をたどっており、思わぬ不調が始まり出すことは念頭に置いて、無茶な人生設計は採らぬが吉かと思う。健康だけは何物にも代えられない。仕事に関しては、エネルギーに溢れた20代、30代から一気にドライブをかけて突っ走るべきだろうし、そうしておいてよかったと実感している(海外旅行含め、無茶に遊べるのも~30代なのだが・・・)。

やっぱり人生はバランス論だなって思うんだよ。小金が貯まったら、体がいうこときかない。仕事が調子いいときは、なかなか金にならない。元気で若いうちは いろいろできるけど稼げない…とかさ。きれいな女の子と寝たら病気をもらうとかさ(笑)、世の中そういうもんよ。うまいことばっかりはいかないですよ。 by 高田純次

楽しむことと、貢献すること

新しいことももちろんできるが、50代では、今までやってきた何らかの答えがでている。子供は成人に近づき、もう手を離れかけている。会社では、もう最後のアガリの位置が見えているだろう。フリーランスは定年がない商売だから、仕事の面ではまだまだやるべきことがある。挑戦したい試みもないではない。この年代は、上の「家族のこと」と「身体のこと」とも併せて、自分の考えや、大げさに言えば人生観のようなものまで変わっていく年頃ではないだろうか。

老後に向けて、もう少し稼いでおきたい、というせせこましい欲望もある。もはや出世願望や、認められたい願望はあまりない。これからは、

楽しむこと

貢献すること

の比率が何よりも増えていくだろう。「楽しむこと」は言うまでもない。思っているよりも、残された時間は随分長いような気もするし、ものすごく短い気もする。観たいものも、行きたい場所も、食べ(飲み)たいものも、会いたい人もある。「貢献すること」については、まだうまく固まっていない。固まりかけたら書いてみたい。

今の円グラフは、「仕事」と「家族(家庭)」と「趣味」の3つが均等に大きな柱。お金はお墓に持ってはいけないので、迷惑のない額さえ確保しておけば、次第に仕事の割合を減らしていけるはず。もしくは、楽しみの仕事だけに。

皆さんの円グラフを覗いてみたいな。



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